した。
「さあ、何《なん》でもかんでも、もとのように葉《は》をつけてしめせ。」
これは無理《むり》なことでありました。そこで人力曳《じんりきひ》きの海蔵《かいぞう》さんも、まんじゅう笠《がさ》をぬいで、利助《りすけ》さんのためにあやまってやりました。
「まあまあ、こんどだけはかに[#「かに」に傍点]してやっとくんやす。利助《りすけ》さも、まさか牛《うし》が椿《つばき》を喰《く》ってしまうとは知《し》らずにつないだことだて。」
そこでようやく地主《じぬし》は、はらのむしがおさまりました。けれど、あまりどなりちらしたので、体《からだ》がふるえるとみえて、二、三べん自転車《じてんしゃ》に乗《の》りそこね、それからうまくのって、行《い》ってしまいました。
利助《りすけ》さんと海蔵《かいぞう》さんは、村《むら》の方《ほう》へ歩《ある》きだしました。けれどもう話《はなし》をしませんでした。大人《おとな》が大人《おとな》に叱《しか》りとばされるというのは、情《なさ》けないことだろうと、人力曳《じんりきひ》きの海蔵《かいぞう》さんは、利助《りすけ》さんの気持《きも》ちをくんでやりました。
「もうちっと、あの清水《しみず》が道《みち》に近《ちか》いとええだがのオ。」
と、とうとう海蔵《かいぞう》さんが言《い》いました。
「まったくだて。」
と、利助《りすけ》さんが答《こた》えました。
二
海蔵《かいぞう》さんが人力曳《じんりきひ》きのたまり場《ば》へ来《く》ると、井戸掘《いどほ》りの新五郎《しんごろう》さんがいました。人力曳《じんりきひ》きのたまり場《ば》といっても、村《むら》の街道《かいどう》にそった駄菓子屋《だがしや》のことでありました。そこで井戸掘《いどほ》りの新五郎《しんごろう》さんは、油菓子《あぶらがし》をかじりながら、つまらぬ話《はなし》を大《おお》きな声《こえ》でしていました。井戸《いど》の底《そこ》から、外《そと》にいる人《ひと》にむかって話《はなし》をするために、井戸新《いどしん》さんの声《こえ》が大《おお》きくなってしまったのであります。
「井戸《いど》ってもなア、いったいいくらくらいで掘《ほ》れるもんかイ、井戸新《いどしん》さ。」
と、海蔵《かいぞう》さんは、じぶんも駄菓子箱《だがしばこ》から油菓子《あぶらがし》を一|本《ぽん》つまみだしながら
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