》のしようを見《み》ていました。
 やがて半田《はんだ》の町《まち》の方《ほう》からお婆《ばあ》さんがひとり、乳母車《うばぐるま》を押《お》してきました。花《はな》を売《う》って帰《かえ》るところでしょう。お婆《ばあ》さんは箱《はこ》に目《め》をとめて、しばらく札《ふだ》をながめていました。しかし、お婆《ばあ》さんは字《じ》を読《よ》んだのではなかったのです。なぜなら、こんなひとりごとをいいました。
「地蔵《じぞう》さんも何《なに》もないのに、なんでこんなとこに賽銭箱《さいせんばこ》があるのじゃろ。」そしてお婆《ばあ》さんは行《い》ってしまいました。
 海蔵《かいぞう》さんは、右手《みぎて》にのせていたあごを、左手《ひだりて》にのせかえました。
 こんどは村《むら》の方《ほう》から、しりはしょりした、がにまたのお爺《じい》さんがやって来《き》ました。「庄平《しょうへい》さんのじいさんだ。あの爺《じい》さんは昔《むかし》の人間《にんげん》でも、字《じ》が読《よ》めるはずだ。」と、海蔵《かいぞう》さんはつぶやきました。
 お爺《じい》さんは箱《はこ》に眼《め》をとめました。そして「なになに。」といいながら、腰《こし》をのばして札《ふだ》を読《よ》みはじめました。読《よ》んでしまうと、「なアるほど、ふふウん、なアるほど。」と、ひどく感心《かんしん》しました。そして、懐《ふところ》の中《なか》をさぐりだしたので、これは喜捨《きしゃ》してくれるなと思《おも》っていると、とり出《だ》したのは古《ふる》くさい莨入《たばこい》れでした。お爺《じい》さんは椿《つばき》の根元《ねもと》でいっぷくすって行《い》ってしまいました。
 海蔵《かいぞう》さんは起《お》きあがって、椿《つばき》の木《き》の方《ほう》へすべりおりました。
 箱《はこ》を手《て》にとって、ふってみました。何《なん》の手《て》ごたえもないのでした。
 がっかりして海蔵《かいぞう》さんは、ふうッと、といきをもらしました。
「けっきょく、ひとは頼《たよ》りにならんとわかった。いよいよこうなったら、おれひとりの力《ちから》でやりとげるのだ。」
といいながら、海蔵《かいぞう》さんは、しんたのむね[#「しんたのむね」に傍点]をのぼって行《い》きました。

  四

 次《つぎ》の日《ひ》、大野《おおの》の町《まち》へ客《きゃく》
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