した。
 それでも利助《りすけ》さんは、岩《いわ》のように黙《だま》っていました。どうやら、こんな話《はなし》は利助《りすけ》さんには面白《おもしろ》くなさそうでした。
「三十|円《えん》で、できるげながのオ。」
と、また海蔵《かいぞう》さんがいいました。
「その三十|円《えん》をどうしておれが出《だ》すのかエ。おれだけがその水《みず》をのむなら話《はなし》がわかるが、ほかのもんもみんなのむ井戸《いど》に、どうしておれが金《かね》を出《だ》すのか、そこがおれにはよくのみこめんがのオ。」
と、やがて利助《りすけ》さんはいいました。
 海蔵《かいぞう》さんは、人々《ひとびと》のためだということを、いろいろと説《と》きましたが、どうしても利助《りすけ》さんには「のみこめ」ませんでした。しまいには利助《りすけ》さんは、もうこんな話《はなし》はいやだというように、
「おかか、めしのしたくしろよ。おれ、腹《はら》がへっとるで。」
と、家《いえ》の中《なか》へむかってどなりました。
 海蔵《かいぞう》さんは腰《こし》をあげました。利助《りすけ》さんが、夜《よる》おそくまでせっせと働《はたら》くのは、じぶんだけのためだということがよくわかったのです。
 ひとりで夜《よ》みちを歩《ある》きながら、海蔵《かいぞう》さんは思《おも》いました。――こりゃ、ひとにたよっていちゃだめだ、じぶんの力《ちから》でしなけりゃ、と。

  三

 旅《たび》の人《ひと》や、町《まち》へゆく人《ひと》は、しんたのむね[#「しんたのむね」に傍点]の下《した》の椿《つばき》の木《き》に、賽銭箱《さいせんばこ》のようなものが吊《つ》るされてあるのを見《み》ました。それには札《ふだ》がついていて、こう書《か》いてありました。
「ここに井戸《いど》を掘《ほ》って旅《たび》の人《ひと》にのんでもらおうと思《おも》います。志《こころざし》のある方《かた》は一|銭《せん》でも五|厘《りん》でも喜捨《きしゃ》して下《くだ》さい。」
 これは海蔵《かいぞう》さんのしわざでありました。それがしょうこに、それから五、六|日《にち》のち、海蔵《かいぞう》さんは、椿《つばき》の木《き》に向《む》かいあった崖《がけ》の上《うえ》にはらばいになって、えにしだの下《した》から首《くび》ったまだけ出《だ》し、人々《ひとびと》の喜捨《きしゃ
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