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 去られたミノベ先生が、こんな事を云はれた事があつた。――科學の源は神樣である。例へば、人類の原始へ科學が溯つてゆくとき、どうしても神樣がなければ、人類の最初のものが生じない事になつて、科學の大きな建物は土臺を失つてしまふ。――私達が神樣の作られたものならば、私達の周圍のすべてのものも神樣の作られたものである。だから私達の周圍にはむだ[#「むだ」に傍点]なものは一つもありません。偶然に空から落ちて來た隕石みたいなものは一つもありません。

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 僕の父は鰡が生長して膃肭臍になると信じてゐる。このいな[#「いな」に傍点]が食卓にのぼる度に云ふ。僕がそんな事はない。魚が獸になるなんて事はないと説明する。しかし父は肯んじない。「學問上ではさうかも知らないが、いな[#「いな」に傍点]は確かに膃肭臍になる。」さう云ふ。
 父は幼い時から、父の兩親から或は友達からさうきかされて來たに違ひない。そして信じて來たのだ。だからおつとせい[#「おつとせい」に傍点]になると云ひ張る。僕は此の頃 [#ここから横組み]鰡=おつとせい[#ここで横組み終わ
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