とをつけていくつもりはないのだが、ぐうぜん、ふたりの帰る方向と歩く速度が同じであったため、こういう結果になってしまったのであると、ひとり弁解しながらついていった。
 あき地のそばを通っているとき、太郎左衛門は、ふいに久助君の方をふり返って、
「きみ、あの花、なんだか知っている?」
と、すこししゃがれた声で、流暢《りゅうちょう》にきいた。そっちを見ると、いぜんここに家があったじぶん、花畑になっていたらしい一角に、小さな赤黒いさびしげな花が、二、三本あった。
 久助君は知らなかったのでだまっていると、
「サルビヤだよ」
といって、美しい少年の太郎左衛門は歩きだした。むこうが話しかけたんだから、こっちも話していいのだと思って、久助君は、すこし胸をおどらせながら、
「横浜からきたのン?」
ときいた。横浜からきたことは、もう徳一君から聞いて知っていたから、いまさらきく必要はないのだが、ほかにはなにもいうことがなかったのである。ところで久助君は、きいてしまってから、ひやあせが出るほどはずかしい思いをした。というのは、「きたのン?」などということばは、岩滑《やなべ》のことばではなかったからだ。岩滑のことばできくなら、「きたのけ?」あるいは、「きたァだけ?」というところである。しかし久助君には、日ごろじぶんたちが使いなれている、こうしたことばは、この上品な少年にむかって用いるには、あまりげびているように思えた。といって久助君は、岩滑以外のことばを知っているわけでもなかった。そこで、どこのことばともつかない「きたのン?」などという中途はんぱのことばが出てしまったのである。もし徳一君や、加市君や、兵太郎君など、日ごろのなかまがいまのことばを聞いていたなら、あとで久助君は、背中をたたかれたりしながら、どんなにひやかされるかしれないのだが、ありがたいことに、それを聞いたのは、太郎左衛門だけである。太郎左衛門はまだ、岩滑のことをよく知らないから、こんなことばも岩滑にはあるだろうぐらいに思って、気にとめなかったのであろう。
「ああ」
と、かれはこたえた。それからまた、赤い花の方を見ながら、
「ぼくのにいさん、あれがすきだったのさ。画家なんだよ」
 画家というのは絵をかく人であることぐらいは見当がつくが、じっさいの画家を見たことのない久助君には、こんな話に、なんと返事していいかわからないのである
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