るのは、当然のことだと、久助君は思った。
六
ついに、みんなが太郎左衛門のうそのため、ひどいめにあわされるときがきた。それは、五月のすえのよく晴れた日曜日の午後のことであった。
なにしろ場合がわるかった。みんなが――というのは、徳一君、加市君、兵太郎君、久助君の四人だが――たいくつでこまっていたときなのだ。
麦畑は黄色になりかけ、遠くからかえるの声が、村の中まで流れていた。道は紙のように白く光を反射し、人はめったに通らなかった。
みんなは、この世があまり平凡なのにうんざりしていた。どうしてここには、小説のなかのように出来事がおこらないのだろう。
久助君たちは、なにか冒険みたいなことがしたいのであった。あるいは、英雄のような行為《こうい》をして、人びとに強烈な感動をあたえたいのであった。
そう思っているところへ、その道角《みちかど》から、太郎左衛門がひょっこりとすがたをあらわしたのである。そしてかれは、まっすぐみんなのところへくると、目をかがやかせていった。
「みんな知ってる? こんど、大きなくじら[#「くじら」に傍点]が、新舞子《しんまいこ》で見世物になっているとさ。なんでも、十メートルほどもあるんだって」
なにかできごとがあればいいと思っていたやさきだから、みんなは、太郎左衛門のことばだったけれど、すぐ信じてしまった。そしてまた、これはまんざらうそでもなさそうだった。なぜなら、新舞子の海岸には、そのくじらがいないとしても、よく見世物がきていることは、夏、海水浴にいったものなら、だれでも知っている。
見にいこうということに、一ぺんで話がきまった。新舞子といえば、知多半島のあちら側の海岸なので、峠《とうげ》をひとつ越していく道はかなり遠い。十二、三キロはあるだろう。しかし、みんなのからだの中には、力がうずうずしていた。道は、遠ければ遠いほどよかったのだ。
太郎左衛門も加えて一行は、すぐその場から出発した。家へそのことをいってこようなどと思うものは、ひとりもなかった。なにしろ、からだはつばめのようにかるかった。つばめのように飛んでいって、つばめのように飛んで帰れると思っていたのである。
とんだり、かけたり、あるいは、「帰りがくたびれるぞ」などと、かしこそうにおたがいを制しあって、しばらくは、正常歩《せいじょうほ》で歩いたりして、進ん
前へ
次へ
全16ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
新美 南吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング