も、久助君のよく知っている岩滑の友だちとどこかにてはいるが、どうも知らない学校の知らない生徒たちだ。五日間休んで、じぶんの学校を忘れてしまい、よその学校へはいってきたのだ。これはとんでもないことをしてのけた。久助君は、そんなふうに思ったのだった。そしてすぐつぎのせつなに、やはりこれは久助君のもとの学校であるということがわかって、久助君はほっとした。
 休けい時間がきたとき久助君は、森医院の徳一《とくいち》君にきいた。
「あれ、だれでェ」
 南のまどぎわの色の白い少年は、まだ友だちができないのか、ひとりで鉛筆をけずっていた。
「あれかァ」
と、徳一君はこたえていった。「あれは、太郎左衛門《たろうざえもん》て名だよ。横浜からきたァだげな」
「太郎左衛門?」
 久助君はわらいだした。「年よりみたいだな」
 徳一君の話によると、その転入生のほんとうの名は太郎左衛門というんだが、それではあまり年よりじみていて、太郎左衛門がかわいそうだから、子どものうちは太郎と家でもよんでいるので、子どもなかまでもそうよぶようにさせてくれと、一昨日、太郎左衛門をつれてはじめて学校へきたおかあさんが、先生にたのんでいったのだそうである。それを聞いて久助君は、なるほど、おとなはうまいことを考えるものだなと思った。
 こんなぐあいに太郎左衛門は、久助君の世界にはいってきた。

       二

 岩滑《やなべ》の学校はいなかの学校だから、なんといっても、都会ふうの少年はみんなの目をひくのである。久助君も最初から、なんとなく太郎左衛門に心をひかれたのだが、よい機会がないので近づけなかった。徳一君にしても、加市君にしても、音次郎君にしても――できのよい連中はみな、久助君と同じような気持ちなのだ。それが、おたがいにあまりよくわかっているので、だれも手を出そうとしないのであった。で、久助君は、課業中にいつのまにか、太郎左衛門をじっとながめているじぶんに気づくことがあった。
 太郎左衛門は、久助君より前の方の、南のまどぎわにいたので、久助君のところからはちょうど、右の大きい目玉と、美しく光るかみの毛でとりまかれた、形のよいつむじが見えた。太郎左衛門は、その大きい目で、教科書の字を長いあいだ見ていては、おもむろに先生の方へ視線をむけて、話に聞き入っていた。どうかすると、課業にうんで、かすかなといき[#「といき
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