間《あいだ》、わるい汚《きたな》い心《こころ》でずっといたのです。久《ひさ》しぶりでかしらは美《うつく》しい心《こころ》になりました。これはちょうど、垢《あか》まみれの汚《きたな》い着物《きもの》を、きゅうに晴《は》れ着《ぎ》にきせかえられたように、奇妙《きみょう》なぐあいでありました。
 ――かしらの眼《め》から涙《なみだ》が流《なが》れてとまらないのはそういうわけなのでした。
 やがて夕方《ゆうがた》になりました。松蝉《まつぜみ》は鳴《な》きやみました。村《むら》からは白《しろ》い夕《ゆう》もやがひっそりと流《なが》れだして、野《の》の上《うえ》にひろがっていきました。子供《こども》たちは遠《とお》くへいき、「もういいかい。」「まあだだよ。」という声《こえ》が、ほかのもの音《おと》とまじりあって、ききわけにくくなりました。
 かしらは、もうあの子供《こども》が帰《かえ》って来《く》るじぶんだと思《おも》って待《ま》っていました。あの子供《こども》が来《き》たら、「おいしょ。」と、盗人《ぬすびと》と思《おも》われぬよう、こころよく仔牛《こうし》をかえしてやろう、と考《かんが》えていま
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