きました。
「わしら、江戸《えど》から西《にし》の方《ほう》へいくものです。」
「まさか盗人《ぬすびと》ではあるまいの。」
「いや、とんでもない。わしらはみな旅《たび》の職人《しょくにん》です。釜師《かまし》や大工《だいく》や錠前屋《じょうまえや》などです。」
とかしらはあわてていいました。
「うむ、いや、変《へん》なことをいってすまなかった。お前達《まえたち》は盗人《ぬすびと》ではない。盗人《ぬすびと》が物《もの》をかえすわけがないでの。盗人《ぬすびと》なら、物《もの》をあずかれば、これさいわいとくすねていってしまうはずだ。いや、せっかくよい心《こころ》で、そうして届《とど》けに来《き》たのを、変《へん》なことを申《もう》してすまなかった。いや、わしは役目《やくめ》がら、人《ひと》を疑《うたが》うくせになっているのじゃ。人《ひと》を見《み》さえすれば、こいつ、かたりじゃないか、すりじゃないかと思《おも》うようなわけさ。ま、わるく思《おも》わないでくれ。」
と老人《ろうじん》はいいわけをしてあやまりました。そして、仔牛《こうし》はあずかっておくことにして、下男《げなん》に物置《ものおき》の方《ほう》へつれていかせました。
「旅《たび》で、みなさんお疲《つか》れじゃろ、わしはいまいい酒《さけ》をひとびん西《にし》の館《やかた》の太郎《たろう》どんからもらったので、月《つき》を見《み》ながら縁側《えんがわ》でやろうとしていたのじゃ。いいとこへみなさんこられた。ひとつつきあいなされ。」
ひとの善《よ》い老人《ろうじん》はそういって、五|人《にん》の盗人《ぬすびと》を縁側《えんがわ》につれていきました。
そこで酒《さけ》をのみはじめましたが、五|人《にん》の盗人《ぬすびと》と一人《ひとり》の村役人《むらやくにん》はすっかり、くつろいで、十|年《ねん》もまえからの知《し》り合《あ》いのように、ゆかいに笑《わら》ったり話《はな》したりしたのでありました。
するとまた、盗人《ぬすびと》のかしらはじぶんの眼《め》が涙《なみだ》をこぼしていることに気《き》がつきました。それを見《み》た老人《ろうじん》の役人《やくにん》は、
「おまえさんは泣《な》き上戸《じょうご》と見《み》える。わしは笑《わら》い上戸《じょうご》で、泣《な》いている人《ひと》を見《み》るとよけい笑《わら》えて来《く》る。どうか悪《わる》く思《おも》わんでくだされや、笑《わら》うから。」
といって、口《くち》をあけて笑《わら》うのでした。
「いや、この、涙《なみだ》というやつは、まことにとめどなく出《で》るものだね。」
とかしらは、眼《め》をしばたきながらいいました。
それから五|人《にん》の盗人《ぬすびと》は、お礼《れい》をいって村役人《むらやくにん》の家《いえ》を出《で》ました。
門《もん》を出《で》て、柿《かき》の木《き》のそばまで来《く》ると、何《なに》か思《おも》い出《だ》したように、かしらが立《た》ちどまりました。
「かしら、何《なに》か忘《わす》れものでもしましたか。」
と鉋太郎《かんなたろう》がききました。
「うむ、忘《わす》れもんがある。おまえらも、いっしょにもういっぺん来《こ》い。」
といって、かしらは弟子《でし》をつれて、また役人《やくにん》の家《いえ》にはいっていきました。
「御老人《ごろうじん》。」
とかしらは縁側《えんがわ》に手《て》をついていいました。
「何《なん》だね、しんみりと。泣《な》き上戸《じょうご》のおくの手《て》が出《で》るかな。ははは。」
と老人《ろうじん》は笑《わら》いました。
「わしらはじつは盗人《ぬすびと》です。わしがかしらでこれらは弟子《でし》です。」
それをきくと老人《ろうじん》は眼《め》をまるくしました。
「いや、びっくりなさるのはごもっともです。わしはこんなことを白状《はくじょう》するつもりじゃありませんでした。しかし御老人《ごろうじん》が心《こころ》のよいお方《かた》で、わしらをまっとうな人間《にんげん》のように信《しん》じていて下《くだ》さるのを見《み》ては、わしはもう御老人《ごろうじん》をあざむいていることができなくなりました。」
そういって盗人《ぬすびと》のかしらは今《いま》までして来《き》たわるいことをみな白状《はくじょう》してしまいました。そしておしまいに、
「だが、これらは、昨日《きのう》わしの弟子《でし》になったばかりで、まだ何《なに》も悪《わる》いことはしておりません。お慈悲《じひ》で、どうぞ、これらだけは許《ゆる》してやって下《くだ》さい。」
といいました。
次《つぎ》の朝《あさ》、花《はな》のき村《むら》から、釜師《かまし》と錠前屋《じょうまえや》と大工《だいく》と|角兵ヱ獅子《かく
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