鞋《わらじ》をはいた子供《こども》はあとをも見《み》ずにいってしまいました。
ぼけんとしているあいだに牛《うし》の仔《こ》を持《も》たされてしまったかしらは、くッくッと笑《わら》いながら牛《うし》の仔《こ》を見《み》ました。
たいてい牛《うし》の仔《こ》というものは、そこらをぴょんぴょんはねまわって、持《も》っているのがやっかいなものですが、この牛《うし》の仔《こ》はまたたいそうおとなしく、ぬれたうるんだ大《おお》きな眼《め》をしばたたきながら、かしらのそばに無心《むしん》に立《た》っているのでした。
「くッくッくッ。」
とかしらは、笑《わら》いが腹《はら》の中《なか》からこみあげてくるのが、とまりませんでした。
「これで弟子《でし》たちに自慢《じまん》ができるて。きさまたちが馬鹿《ばか》づらさげて、村《むら》の中《なか》をあるいているあいだに、わしはもう牛《うし》の仔《こ》をいっぴき盗《ぬす》んだ、といって。」
そしてまた、くッくッくッと笑《わら》いました。あんまり笑《わら》ったので、こんどは涙《なみだ》が出《で》て来《き》ました。
「ああ、おかしい。あんまり笑《わら》ったんで涙《なみだ》が出《で》て来《き》やがった。」
ところが、その涙《なみだ》が、流《なが》れて流《なが》れてとまらないのでありました。
「いや、はや、これはどうしたことだい、わしが涙《なみだ》を流《なが》すなんて、これじゃ、まるで泣《な》いてるのと同《おな》じじゃないか。」
そうです。ほんとうに、盗人《ぬすびと》のかしらは泣《な》いていたのであります。――かしらは嬉《うれ》しかったのです。じぶんは今《いま》まで、人《ひと》から冷《つめ》たい眼《め》でばかり見《み》られて来《き》ました。じぶんが通《とお》ると、人々《ひとびと》はそら変《へん》なやつが来《き》たといわんばかりに、窓《まど》をしめたり、すだれをおろしたりしました。じぶんが声《こえ》をかけると、笑《わら》いながら話《はな》しあっていた人《ひと》たちも、きゅうに仕事《しごと》のことを思《おも》い出《だ》したように向《む》こうをむいてしまうのでありました。池《いけ》の面《おもて》にうかんでいる鯉《こい》でさえも、じぶんが岸《きし》に立《た》つと、がばッと体《たい》をひるがえしてしずんでいくのでありました。あるとき猿廻《さるまわ》し
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