》にたんぽぽをやっていると、用吉君《ようきちくん》が、今《いま》おろすところだよ、といって来《き》たので、遅《おく》れちゃたいへんと、桑畑《くわばたけ》の中《なか》の近道《ちかみち》を走《はし》っていった。四郎五郎《しろごろう》さんの藪《やぶ》の横《よこ》までかけて来《く》ると、まだ三百|米《メートル》ほど走《はし》ったばかりなのに、あつくなって来《き》たので、上衣《うわぎ》をぬいでしまった。
尼寺《あまでら》へ来《き》て見《み》て、僕《ぼく》はびっくりした。まるでお祭《まつ》りのときのような人出《ひとで》である。いや、お祭《まつ》りのとき以上《いじょう》かも知《し》れない。お祭《まつ》りには若《わか》い者《もの》や子供《こども》はたくさん出《で》て来《く》るが、こんなに老人《ろうじん》までがおおぜい出《で》て来《き》はしないのだ。杖《つえ》にすがった爺《じい》さん、あごが地《ち》につくくらい背《せ》がまがって、ちょうど七面鳥《しちめんちょう》のようなかっこうの婆《ばあ》さん、自分《じぶん》では歩《ある》かれないので、息子《むすこ》の背《せ》におわれて来《き》た老人《ろうじん》もあった。こういう人《ひと》たちも、みなごんごろ鐘《がね》と、目《め》に見《み》えない糸《いと》で結《むす》ばれているのだ。僕《ぼく》はいまさら、この大《おお》きくもない鐘《かね》が、じつにたくさんの人《ひと》の生活《せいかつ》につながっていることに驚《おどろ》かされた。
老人《ろうじん》たちは、ごんごろ鐘《がね》に別《わか》れを惜《お》しんでいた。「とうとう、ごんごろ鐘《がね》さま[#「さま」に傍点]も行《い》ってしまうだかや。」といっている爺《じい》さんもあった。なんまみだぶ、なんまみだぶといいながら、ごんごろ鐘《がね》を拝《おが》んでいる婆《ばあ》さんもあった。
鐘《かね》をおろすまえに、青年団長《せいねんだんちょう》の吉彦《よしひこ》さんが、とてもよいことを思《おも》いついてくれた。長年《ながねん》お友《とも》だちであった鐘《かね》ともいよいよお別《わか》れだから、子供《こども》たちに思《おも》うぞんぶんつかせよう、というのであった。これをきいて僕《ぼく》たち村《むら》の子供《こども》は、わっと歓呼《かんこ》の声《こえ》をあげた。みなつきたいものばかりなので、吉彦《よしひこ》さん
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