な行燈にしろ、巳之助が大野の町で見たランプの明かるさにはとても及ばなかった。
 それにランプは、その頃としてはまだ珍らしいガラスでできていた。煤《すす》けたり、破れたりしやすい紙でできている行燈より、これだけでも巳之助にはいいもののように思われた。
 このランプのために、大野の町ぜんたいが竜宮城かなにかのように明かるく感じられた。もう巳之助は自分の村へ帰りたくないとさえ思った。人間は誰でも明かるいところから暗いところに帰るのを好まないのである。
 巳之助は駄賃《だちん》の十五銭を貰《もら》うと、人力車とも別れてしまって、お酒にでも酔ったように、波の音のたえまないこの海辺の町を、珍らしい商店をのぞき、美しく明かるいランプに見とれて、さまよっていた。
 呉服屋では、番頭さんが、椿《つばき》の花を大きく染め出した反物《たんもの》を、ランプの光の下にひろげて客に見せていた。穀屋《こくや》では、小僧さんがランプの下で小豆《あずき》のわるいのを一粒ずつ拾い出していた。また或る家では女の子が、ランプの光の下に白くひかる貝殻を散らしておはじきをしていた。また或る店ではこまかい珠《たま》に糸を通して数珠
前へ 次へ
全27ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
新美 南吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング