いろいろな物をはじめて見た。軒《のき》をならべて続いている大きい商店が、第一、巳之助には珍らしかった。巳之助の村にはあきないやとては一軒しかなかった。駄菓子《だがし》、草鞋《わらじ》、糸繰《いとく》りの道具、膏薬《こうやく》、貝殻《かいがら》にはいった目薬、そのほか村で使うたいていの物を売っている小さな店が一軒きりしかなかったのである。
 しかし巳之助をいちばんおどろかしたのは、その大きな商店が、一つ一つともしている、花のように明かるいガラスのランプであった。巳之助の村では夜はあかりなしの家が多かった。まっくらな家の中を、人々は盲のように手でさぐりながら、水甕《みずがめ》や、石臼《いしうす》や大黒柱《だいこくばしら》をさぐりあてるのであった。すこしぜいたくな家では、おかみさんが嫁入《よめい》りのとき持って来た行燈《あんどん》を使うのであった。行燈は紙を四方に張りめぐらした中に、油のはいった皿《さら》があって、その皿のふちにのぞいている燈心《とうしん》に、桜の莟《つぼみ》ぐらいの小さいほのおがともると、まわりの紙にみかん色のあたたかな光がさし、附近は少し明かるくなったのである。しかしどん
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