だ》まで来て、半田から知多《ちた》半島西海岸の大野や新舞子まで人力車でゆられていったもので、岩滑新田はちょうどその道すじにあたっていたからである。
 人力車は人が曳くのだからあまり速くは走らない。それに、岩滑新田と大野の間には峠《とうげ》が一つあるから、よけい時間がかかる。おまけにその頃の人力車の輪は、ガラガラと鳴る重い鉄輪《かなわ》だったのである。そこで、急ぎの客は、賃銀を倍《ばい》出《だ》して、二人の人力曳にひいてもらうのであった。巳之助に先綱曳を頼んだのも、急ぎの避暑客であった。
 巳之助は人力車のながえ[#「ながえ」に傍点]につながれた綱を肩にかついで、夏の入陽《いりひ》のじりじり照りつける道を、えいやえいやと走った。馴《な》れないこととてたいそう苦しかった。しかし巳之助は苦しさなど気にしなかった。好奇心でいっぱいだった。なぜなら巳之助は、物ごころがついてから、村を一歩も出たことがなく、峠の向こうにどんな町があり、どんな人々が住んでいるか知らなかったからである。
 日が暮れて青い夕闇《ゆうやみ》の中を人々がほの白くあちこちする頃、人力車は大野の町にはいった。
 巳之助はその町で
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