んせき》のものとて一人もない、まったくのみなしごであった。そこで巳之助は、よその家の走り使いをしたり、女の子のように子守《こもり》をしたり、米を搗《つ》いてあげたり、そのほか、巳之助のような少年にできることなら何でもして、村に置いてもらっていた。
 けれども巳之助は、こうして村の人々の御世話で生きてゆくことは、ほんとうをいえばいやであった。子守をしたり、米を搗いたりして一生を送るとするなら、男とうまれた甲斐《かい》がないと、つねづね思っていた。
 男子は身を立てねばならない。しかしどうして身を立てるか。巳之助は毎日、ご飯を喰《た》べてゆくのがやっとのことであった。本一冊買うお金もなかったし、またたといお金があって本を買ったとしても、読むひまがなかった。
 身を立てるのによいきっかけがないものかと、巳之助はこころひそかに待っていた。
 すると或《あ》る夏の日のひるさがり、巳之助は人力車《じんりきしゃ》の先綱《さきづな》を頼まれた。
 その頃《ころ》岩滑新田には、いつも二、三人の人力曳《じんりきひき》がいた。潮湯治《しおとうじ》(海水浴のこと)に名古屋から来る客は、たいてい汽車で半田《はん
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