だ。ながいあいだ悪いことばかりしてきたけれど、こんどこそ改心して、まじめに町の工場ではたらくことにしたから、といってきたんで、ひと晩とめてやったのさ。そしたら、けさ、わしが知らんでいるまに、もう悪い手くせを出して、このふたつの時計をくすねて出かけやがった。あのごくどうめが」
「おじさん、そいでもね、まちがえて持ってきたんだってよ。ほんとにとっていくつもりじゃなかったんだよ。ぼくにね、人間は清廉潔白《せいれんけっぱく》でなくちゃいけないっていってたよ」
「そうかい。……そんなことをいっていったか」
 少年は老人の手にふたつの時計をわたした。うけとるとき、老人の手はふるえて、うた時計のねじ[#「ねじ」に傍点]にふれた。すると時計は、また美しくうたいだした。
 老人と少年と、立てられた自転車が、広い枯野《かれの》の上にかげを落として、しばらく美しい音楽にきき入った。老人は目になみだをうかべた。
 少年は老人から目をそらして、さっき男の人がかくれていった、遠くの、稲積の方をながめていた。
 野のはてに、白い雲がひとつういていた。



底本:「牛をつないだ椿の木」角川文庫、角川書店
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