ものがあるように、ちょっと首をかしげた。
 まもなく少年のうしろから自転車が一台、追っかけてきた。
「あッ、薬屋のおじさん」
「おう、廉坊《れんぼう》、おまえか」
 えりまきであごをうずめた、年よりのおじさんは、自転車からおりた。そしてしばらくのあいだ、せきのためものがいえなかった。そのせきは、冬の夜、枯木《かれき》のうれ[#「うれ」に傍点]をならす風の音のように、ヒュウヒュウいった。
「廉坊、おまえは村から、ここまできたのか」
「うん」
「そいじゃ、いましがた、村からだれか男の人が出てくるのと、いっしょにならなかったか」
「いっしょだったよ」
「あッ、そ、その時計、おまえはどうして……」
 老人は、少年が手に持っているうた時計と懐中時計に目をとめていった。
「その人がね、おじさんの家でまちがえて持ってきたから、返してくれっていったんだよ」
「返してくれろって?」
「うん」
「そうか、あのばかめが」
「あれ、だれなの、おじさん」
「あれか」
 そういって老人は、また長くせきいった。
「あれは、うちの周作《しゅうさく》だ」
「えッほんと?」
「きのう、十なん年ぶりで、うちへもどってきたん
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