はありませんでした。もたれだけが、うしろにのびて、腰かけている人があおむけにねるようになっただけでした。
天じょうの白壁《しらかべ》や、キャベツの玉のような形の大きい、すりガラスの電燈を見ていると、とつぜん、顔一面に、だッとなにかあついぬれたものをのせられて、目も見えなくなってしまいました。見ていた杉作が、おかしかったのか、ハハハハ、とわらっています。松吉もわらいたいのですが、顔がふさがっていて、わらうことができません。人間は、顔でわらう[#「顔でわらう」に傍点]のだということが、よくわかりました。顔にのせられたのは、むしタオルでありました。
小平さんはタオルをのけると、太い筆のようなもので、せっけんのあわを松吉の顔にぬり、かみそりで、ひたいぎわからそりはじめました。
松吉はそのとき、小平さんがまだ子どもで村にいたころ、松吉たちによくいたずらをしたことを、また思い出しました。小平さんはよくうしろから、そっときて、人の背中《せなか》へ手を入れたり、わきの下をくすぐったりしました。そして、小さい目を細くして、にやにやわらっていました。
いまも松吉は、小平さんが、そんないたずらを、は
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