房具や帳簿等を売る店を訪ねて、余り急ぎもせずに事務所へ帰った、暫くすると自転車から降りたらしい若者が慌しく這入てきて、自分は新田の店員だが主人の命で、証拠の書類を返して貰いにきた、と告げたから春日は笑いながら返してやると、そそくさと走り去った。
 兎角《とかく》する内に渡邊が帰って、筆写書類を見せた、戸籍を見るとゆき子の母は家附の娘で前夫も入夫《ようし》であったが、十八年前死亡し、それから一年ほどしてから、今の善兵衛が入家した後、長男の善太郎が生れたので、母はゆき子が十七歳、善太郎が十一歳の年に病死した、ゆき子は数え年二十二歳としてあった。
 ゆき子名義の宅地五筆合計千七百五十坪はそれぞれ設定がしてあった。
「成程八十五円平均か、まあそんなものだろう」
と判らないことを呟いたが、気をかえて簡単に食事をすませると、渡邊を伴《つ》れて麗《うらら》かな秋の街を散歩でもするような足どりで歩き出した、二人は漸次《だんだん》郊外の方へ近よると、其所《そこ》には黒ずんだ○△寺の山門が見えた、春日は石畳の道を切れて爪先登りの墓地へ入り込んだ、累々たる墓碑の中から目的のを見出すにも、さほど暇はかからなか
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