った。
 境内を出てから四五町行くと、フト右手に新しい世帯道具を商う店があった、去り気なく近寄って所狭き迄列べられた種々な道具に眼をつけて、小首を捻《ひね》って居たが、格別気に入た品もないらしく手に取ても見ない、店では主人が品物を置換に忙がしそうである、春日は店頭《みせさき》を離れてふと顔を上げて標札をふりかえって眺め乍《なが》ら歩むうち、足元の荷車に衝当《つきあた》りかけて、ヒョイと飛退いて不審そうに、その荷車を打守った、渡邊は今朝から少からず悩まされた、馴れてはいるが今日の春日は大分変である、何の目的で歩いて居るのやら、機に臨んで要領を得ないような挙動《ようす》をやられるので始終ハラハラした心持で随《つい》てゆくのであった。
 又四五町行った頃四辻へ出たが、今まで黙々と考え乍ら歩んでいた春日は急に晴やかな顔をすると、懐中《ポケット》を探って煙草に火を点けて、勢いよく角家《かど》の「貸家|老舗《しにせ》案内社」と染抜いた暖簾《のれん》を潜った、そして特別料金を払って、仔細に一枚々々綴込帳を調べた上二十分も経ってから、
「お女将《かみ》、こちらの赤線《あかすじ》で消した分は、いつ頃約束
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