も不思議に思っているので御座いますよ」
「よく判りました、有がとう御邪魔しましたね」
 会釈《えしゃく》して春日は旧《もと》の客間へ還った、善兵衛は苦り切って居た。併しまだ少し既往について直聴して置く必要があった。
「この度の結婚の話の外に以前に何処からか、申込がありましたか」
「エエありましたとも沢山ありました、この前のは東京に開業して居る年|老《とっ》た医者が、四月頃来て田舎の甥に嫁が欲しい、少々の財産もあって両親《ふたおや》には早く別れて兄弟二人きりだとかで、本人は文学士だと云ってましたがこれは余り話にも、気乗がしなかったので謝絶《ことわり》しました」
 春日は更に一年間の、家庭用領収簿の閲覧を要求した、善兵衛は忌々し気に立上り帳簿を取って来て見せたが、春日の悠々として迫らず一頁毎に眼を通してゆく態度に、堪え忍んだ肝癪《かんしゃく》を破裂させた、顔を蒼くして唸《うめ》くようにいった。
「止めてもらいましょうッ、娘が疵物になるかならぬか危急の際ですぞ、貴方は他人じゃから痛痒を感ぜぬか知らぬが、頼まれた上は何故□□へ行って下さらん、愚図々々詰らんことを調べて何になりますかっ、余《あん
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