鏡台と、机の抽出を探した外《ほか》に未だ誰も這入ません」
椽側から廊下伝いに、離座敷の階下ゆき子の部屋へ導かれた、整然《きっちり》片附られた座敷の正面床の脇に、淋しく立掛られてある琴が、在らぬ主の俤《おもかげ》を哀れに偲《しの》ばせた、春日は中央《まんなか》でじっと四辺《あたり》を見廻して後、箪笥《たんす》の抽出を下の方から順に抜て錠を一つ一つ入念に調べた、それを差し終って、地袋を開くと中に新刊らしい書籍が薄暗の中から金文字を輝かしている。横には、菓子器と歌留多《かるた》の箱があったので叮嚀に何れも蓋を取て中を検《しら》べ、軈《やが》てもとのようにすると、押入を開けて本箱の中から数冊の書籍や前年度の日記を撰り出して精密に調べ始めた、其間《そのあいだ》に渡邊は、此家の見取図を書くべく命ぜられて鉛筆を忙しく走らせる。
善兵衛は不平らしく手持|無沙汰《ぶさた》に控えた、娘の一身安危の場合に杖とも頼む春日が、機敏に□□市へ急行して呉《く》れると思いの外、愚にもつかぬ方を調べているのに業を煮し、早やその手腕をさえ疑い、眼に軽侮の色を浮べて、せわしく咳払《せきばらい》をしはじめた、春日はそんな
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