《しょうぜん》と引上て来た、然るに朝になって悪魔は嘲《あざけ》る如く又も新田一家を愚弄した、それは配達された一通の郵便で、粗悪な封筒と巻紙に墨痕踊るが如く
[#ここから2字下げ]
昨夜以来御心痛|奉拝察候《はいさつたてまつりそうろう》、御令嬢は恙《つつが》なく我輩の掌中に在之候《これありそうら》えば慮外ながら、御放念相成度万一御希望なれば、金一万五千円○○山麓記念碑|裡《うち》、稚松《わかまつ》の根方へ御埋没あり次第御帰還の取計可仕《とりはからいつかまつるべく》、最も安全なるべき警察力を利用せらるるは、貴家にとりて却て怖るべき禍根と相なるべく慎重なる御熟考を勧むる所以《ゆえん》に御座候。敬具
[#ここで字下げ終わり]
[#地付き]音羽組
と毒づいてあったので、剛毅な善兵衛も色を失った、消印を見ると三十|哩《マイル》斗《ばか》り隔た□□市から速達便で郵送されたことが判った。
 善兵衛は警察の手を借ることに躊躇《ちゅうちょ》した、それは兇漢の復讐を怖れるよりも、事件の公表されることを憚《はばか》ったのである。ゆき子は十日程前に当市の市参事会員|橋本《はしもと》氏の紹介で、現在勅選議員で羽振
前へ 次へ
全19ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
山下 利三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング