品を入た抽出だけ常に錠を掛けてあってそこには既に何等の秘密も蔵《かく》されてなかった、地袋の中には、汚れや傷《いた》み方《かた》から観察して新年に一度か二度使用した歌留多があったね、賢い女だが昨年度の日記を葬ってしまわなかったのと、下女に買物させるに菓子を撰んだことは捜査上非常に推理を容易ならしめた、菓子箱には未だ沢山あったよ。
日記で見ると、年の暮に弟の友達と自分の知人《しりびと》を新年の歌留多会へ招待することを姉弟して相談した上で客の顔振《かおぶれ》も確定したのだけ記してあったが、僕は善太郎の学友の名を暗記しておいた、彼女《かれ》は義父の圧迫や、空虚な家庭内の淋しき生の悩みなどで神経的な沈鬱な性情に変化していたことは日記や書籍を通じてうかがい知れる、けれども近頃読で居た地袋の新刊|書籍《もの》から測るに、その煩悶を信仰によって救われて居る、その信仰に走った刺戟《しげき》と機会とを与えたものがあるね、それは、此紙包を見給え、火鉢の中から出てきた燐寸《マッチ》の燃滓《もえかす》と紙を焼いた灰だ、彼女は莨《たばこ》を喫《のま》ないぜ、この燃殻《もえかす》の紙は脅迫状の紙と同質なんだ、机の下から発見した半巾《ハンカチーフ》ね、あれには手紙を包んであった皺が瞭然《はっきり》残って、しかもナフタリンの匂《におい》が沁《し》みこんで居た、箪笥の中にあったものたることは疑われない、然りとすれば脅迫状の主と、娘とが常から通信をやっていたことになるね、不届な郵便屋だ、ここに捕縛して来た、こりゃ君、女学校で用《つか》う手芸用の箆《へら》だよ、此奴が裏の塀の根元を掘て手紙を埋めたり掘出したりした奴さ、塀の内外《うちそと》は夜なら誰にも知れず一仕事やれるからね、脅迫状にも細かく折った筋が残っていたね覚えて居るだろう、
それで近頃衣類を新しく調《こし》らえた形跡がなくて、通信用の書簡箋を鑑定するに及んで物資の窮乏を感ぜない、まア資産階級の仕業《しごと》と判った。君女は吾々と違って洋服一点張りじゃいけないのだ、これから時候は寒さに向って、加之《しかのみならず》常着《ふだんぎ》から総《すべ》てを新調して世帯道具を揃えることは中々容易じゃないよ、
公然|単独《ひとり》で墓参に行くと、そこには必ず誰か彼女を待って居るものがあった、所謂誘拐される四日前も二人は遇《あっ》た、そして女は降りかかる
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