結婚問題を噺《はな》したのだね、相手は彼女に所有財産の放抛《ほうき》を勧め決然二人が先んじて結婚して仕舞おうと提議した、墓地を出て淋しい街を撰《よっ》て行くと、そうら道具屋があっただろう、彼所《あそこ》で相手は必要なものを注文し移転の日かその翌日……即ち今日だネ配達するように命じて、出かけにあの標札を見たのだ、それには町名が音羽町《おとわちょう》と記入してあった、それが潜在意識となってあの脅迫状の署名に不知不識《しらずしらず》に音羽組なんて茶番をやったのだよ、
それから相手の気がついたのは、非常手段で娘を奪略しても隠家《かくれが》に困ることだ、そこで案内社へ随分高い金を掴ませて到頭迅雷的に彼家《あのいえ》を買ってしまったものだ、弟と同じ家に置くのは困るからね、これで案内社へ入った理由《わけ》が判ったね次に、学校へ行ったのは、日記を調べて覚えた、善太郎という弟の学友の名前だ、名簿を見ると、『中岡|進二郎《しんじろう》、保証人実兄中岡|徹雄《てつお》』と載《のっ》てあったのだ、校長の話では某県下の大地主で両親《ふたおや》はなく文学士の兄が弟を監督して居るとのことで、もうこれで疑いの余地がなくなったから、最後に直接訪問をした訳だが、なぜあんな脅迫状を贈ったかは事実《まったく》好奇心から来た悪戯に過ぎないそうで、酷いことをしたものだ、あの人なんか人格、識見を備えて財産と大切な女の心を握て居るから、悪戯ですむが、他のものが真似《まね》でもすれば大変なことになってしまう、併し善兵衛老人も自業自得だ、娘といって、義理だがその財産を消費した以上《うえ》は公然《おもてむき》にも出来ない上に大変損な立場にある、だけれども中岡氏も捨ては置くまい今日は僕等も飛だ悪戯をして一日を過ごしたね、
何ッ、未だ聞きたいのか、アア二度目の脅迫状あんな悪戯なら誰でもやれるよ訳はない、遊びに行って先方で郵送すればいいサ、要求金額はゆき子名義の地所千七百五十坪に対する設定金額と同しだ、どうせ実行しないのは判っているからサ、エッ? 二人が相識《あいしっ》たのは歌留多会からだ、双方に理解があったのだ、今度の事件は二人共、道徳上問題だが、二人の中に関して道徳を課するのはどうかね、まア仲介者を入れて中岡氏から善兵衛老人を援助してやって旨く解決するだろう、何しろ、金も力もある色男だからねハゝゝゝゝ」
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