上った。
その抜け上った額や、痩せて弛みのできた頬が、いかにも人の好さそうなそして平和らしい相貌に見えて、小村は何となしにこの儘で別れてしまうのが寂しかった。
「今からどこへいらっしゃるのです、まさか東京へ帰るのじゃないでしょう」
「はい、実は梅田《うめだ》停車場の裏の方に、少々|知辺《しるべ》がありますから、行って泊めて貰おうかと思っています」
「あのウ、悪く思わないで下さいよ、万一その家が起きてくれなかったら、宿屋へ泊る足しにでもして下さい」
小村は蟇口《がまぐち》から一枚の紙幣をつまみ出して相手に握らせた。放浪者はひどく辞退していたが、熱心な小村の辞《ことば》に動かされてしまった。
「御好意に甘えさせて貰います。御親切は永く忘れません、御縁があればまたお目に懸《かか》れるでしょう。どうぞ立派な小説をお描きになりますよう、陰からお祈りしています」
「不意にお呼止めしたのを慍《おこ》りもなさらないで、よく来て下さいました。ほんとうにいつか又お目にかかりたいものですね」
小村に送られて階段を降り、卓の間を縫って扉口まできたが、こんどは先刻のように怪訝《けげん》らしい眼で眺める人は
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