、私自らもそれを慰めとして十二年の刑に服した方が、彼女への謝罪の道だと考えた末、控訴もしないで刑につきました。
 十年の刑務所生活、その間に世の中は変りましたね。まだ残っている刑期を恩典にあって放免されたのがこの秋でした。
 娑婆《しゃば》に出てみると蕗子の妹艶子は、誰に聞いてもその行衛《ゆくえ》が判りません。中谷の消息も捜りましたが知れないのです。
 狭いようでも広い世間で、逢いたいと思う人々は仲々|廻合《めぐりあ》わないものですね……。
 いや、もうこんな話は止しましょう。こんな下らない身の上|噺《ばなし》じゃ小説にもなりますまい、ほんとうに御退屈でしたろう……」

 放浪者は淋しく笑って卓の上に残った茶碗を取上げたが、すぐ冷たそうに唇から放してしまった。自分自身の話に亢奮《こうふん》したらしく眼は輝いて頬に血の気が上り、先刻のような寒そうな悒鬱《ゆううつ》なようすは、どこにも残っていなかった。
 氷雨のためにびしょ濡れだった衣服も靴も、燃盛《もえさか》るストーブの活気でもうことごとく皆乾いていた。
「まるで垂水洋鵝《たるみようが》さんの小説のようですね」
 小村《こむら》のこの詞
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