しい出来ごとでしょう。
医者らしい男の外に制服の警官たちが、険しい眼付《めつき》で私を迎えたその脚下には、蕗子が白い胸も露わにあけはだけたまま倒れています。
蒼白い蝋《ろう》のような頬には髪が乱れかかり、その頸には燃えるような真紅の紐が捲きつけてありました。
そして呆れている私の顔を見て、冷《せせ》ら笑っている警官の手には何と、誰が封を切ったものか私から蕗子に宛てて投込《なげこん》だ手紙が握られていました。それきり私はすッと四辺《あたり》が暗くなって深い深い谿《たに》へ落ちてゆくように感じましたが、その後は誰が何を云ったのやら、判然《はっきり》とおぼえて居りません。
けれども現実は飽くまで現実です。
蕗子殺害の嫌疑をうけた私は厳しい取調べをうけました。私が急に家を畳んで旅に出ようとしたのが一番いけなかったので、旅立とうとした悲壮な心持なんかは説明したところで係官にはよく理解ができなかったのです。中谷も参考人として喚《よ》ばれましたが、親しかった以前に引かえて、彼は冷然と私に不利な証言をしました。
現場不在証明《アリバイ》……そんなことは出来ませんでした、何でも蕗子が殺された時間には、私はまだ空家になった私の家でただ一人、行李《こうり》に凭《もた》れかかって黙想に耽っていたのでしたから。
私は心から中谷の陋劣《ろうれつ》な心事を憎みました。どうかして復讐してやりたいという望みを押えることができません、そこで取調べのとき中谷の聞いている前でこう云ってやりました。
(蕗子と私とはかなり長い間特別な交際を続けていました。私がこの土地へ来て間なしに彼女と知り合い、精神的にも物質的にも私としては出来るだけの好意と愛とを寄せていました。死んだ彼女の母も或程度まではそれを黙っていてくれたのです。それが近頃になって蕗子は私に、ある男が云い寄ってくるので困るがどうしたら好かろうかと話しました。その男というのは私におおかた察しがついていました。
私はいろいろ考えてみました、蕗子と私とはかなり年齢も違っています。私としては相続しなければならない家もありますので、養子を迎えなければならない蕗子に、幸福な結婚生活をさせるについては種々障害があります。そこで蕗子によく云含めて私は快く一旦手を切りました。ところが折角《せっかく》私の心づかいも無になって蕗子の口からその男の非難をよく
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