生は予がこの行《こう》に伴《ともな》いしを深《ふか》く感謝《かんしゃ》せらるるといえども、予の先生に負《お》うところ、かえって大《だい》にして大《おおい》に謝《しゃ》せざるべからざるものあり。それを如何《いかん》というに、この時|洋中《ようちゅう》風浪《ふうろう》暴《あら》くして、予が外《ほか》に伴いたる従者《じゅうしゃ》は皆|昏暈《こんうん》疲憊《ひはい》して、一人も起《た》つこと能《あた》わず。先生は毫《ごう》も平日と異《こと》なることなく、予が飲食《いんしょく》起臥《きが》の末に至るまで、力を尽《つく》しこれを扶《たす》け、また彼地《かのち》に上陸《じょうりく》したる後も、通弁《つうべん》その他、先生に依頼《いらい》して便宜《べんぎ》を得たること頗《すこぶ》る多ければなり。
 その年|閏《うるう》五月五日、咸臨丸《かんりんまる》は無事《ぶじ》に帰朝《きちょう》し、艦《かん》の浦賀《うらが》に達《たっ》するや、予が家の老僕《ろうぼく》迎《むかい》に来《きた》りし時、先生|老僕《ろうぼく》に向い、吾輩《わがはい》留守中《るすちゅう》江戸において何か珍事《ちんじ》はなきやと。老僕《ろう
前へ 次へ
全21ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
木村 芥舟 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング