たる挙動《きょどう》ならずやとの口調《くちょう》を以て厳《きび》しく談《だん》じ込《こ》まれたるが故《ゆえ》に、政府においては一言《いちごん》もなく、ロセツの申出はついに行《おこな》われざりしかども、彼が日本人に信ぜられたるその信用《しんよう》を利用して利を謀《はか》るに抜目《ぬけめ》なかりしは凡《およ》そこの類《たぐい》なり。
 単に公使のみならず仏国の訳官《やくかん》にメルメデ・カションという者あり。本来|宣教師《せんきょうし》にして久しく函館《はこだて》に在《あ》り、ほぼ日本語にも通《つう》じたるを以て仏公使館の訳官となりたるが、これまた政府に近《ちか》づきて利したること尠《すく》なからず。その一例を申せば、幕府にて下《しも》ノ関《せき》償金《しょうきん》の一部分を払うに際し、かねて貯《たくわ》うるところの文銭《ぶんせん》(一文銅銭)二十何万円を売り金《きん》に換《か》えんとするに、文銭は銅質《どうしつ》善良《ぜんりょう》なるを以てその実価《じっか》の高きにかかわらず、政府より売出すにはやはり法定《ほうてい》の価格に由《よ》るの外なくしてみすみす大損を招かざるを得ざるより、その処置《しょち》につき勘考中《かんこうちゅう》、カションこれを聞き込み、その銭《ぜに》を一手に引受《ひきう》け海外の市場に輸出し大《おおい》に儲《もう》けんとして香港《ホンコン》に送りしに、陸揚《りくあげ》の際に銭《ぜに》を積《つ》みたる端船《たんせん》覆没《ふくぼつ》してかえって大に損《そん》したることあり。その後カションはいかなる病気《びょうき》に罹《かか》りけん、盲目《もうもく》となりたりしを見てこれ等の内情を知れる人々は、因果《いんが》覿面《てきめん》、好《よ》き気味《きみ》なりと竊《ひそか》に語《かた》り合いしという。
 またその反対《はんたい》の例を記《しる》せば、彼《か》の生麦事件《なまむぎじけん》につき英人の挙動《きょどう》は如何《いかん》というに、損害要求《そんがいようきゅう》のためとて軍艦を品川に乗入《のりい》れ、時間を限《かぎ》りて幕府に決答《けっとう》を促《うなが》したるその時の意気込《いきご》みは非常《ひじょう》のものにして、彼等の言を聞けば、政府にて決答を躊躇《ちゅうちょ》するときは軍艦より先《ま》ず高輪《たかなわ》の薩州邸《さっしゅうてい》を砲撃《ほうげき》し、更《さ》らに浜御殿《はまごてん》を占領《せんりょう》して此処《ここ》より大城に向て砲火《ほうか》を開き、江戸市街を焼打《やきうち》にすべし云々《うんぬん》とて、その戦略《せんりゃく》さえ公言《こうげん》して憚《はば》からざるは、以て虚喝《きょかつ》に外ならざるを知るべし。
 されば米国人などは、一個人の殺害《さつがい》せられたるために三十五万|弗《ドル》の金額を要求するごとき不法《ふほう》の沙汰《さた》は未《いま》だかつて聞かざるところなり、砲撃《ほうげき》云々《うんぬん》は全く虚喝《きょかつ》に過《す》ぎざれば断じてその要求を拒絶《きょぜつ》すべし、たといこれを拒絶《きょぜつ》するも真実《しんじつ》国と国との開戦《かいせん》に至《いた》らざるは請合《うけあ》いなりとて頻《しき》りに拒絶論《きょぜつろん》を唱《とな》えたれども、幕府の当局者は彼の権幕《けんまく》に恐怖《きょうふ》して直《ただち》に償金《しょうきん》を払《はら》い渡《わた》したり。
 この時、更《さ》らに奇怪《きかい》なりしは仏国公使の挙動《きょどう》にして本来《ほんらい》その事件には全く関係《かんけい》なきにかかわらず、公然書面を政府に差出《さしいだ》し、政府もし英国の要求を聞入《ききい》れざるにおいては仏国は英と同盟して直《ただち》に開戦《かいせん》に及《およ》ぶべしと迫《せま》りたるがごとき、孰《いずれ》も公使一個の考《かんがえ》にして決して本国政府の命令《めいれい》に出でたるものと見るべからず。
 彼《か》の下ノ関|砲撃事件《ほうげきじけん》のごときも、各公使が臨機《りんき》の計《はから》いにして、深き考ありしに非ず。現《げん》に後日、彼の砲撃に与《あずか》りたる或《あ》る米国士官の実話《じつわ》に、彼の時は他国の軍艦が行《ゆ》かんとするゆえ強《し》いて同行したるまでにて、恰《あたか》も銃猟《じゅうりょう》にても誘《さそ》われたる積《つも》りなりしと語りたることあり。以てその事情を知るべし。
 右のごとき始末《しまつ》にして、外国政府が日本の内乱に乗《じょう》じ兵力《へいりょく》を用いて大《おおい》に干渉《かんしょう》を試みんとするの意志《いし》を懐《いだ》きたるなど到底《とうてい》思《おも》いも寄らざるところなれども、当時《とうじ》外国人にも自《おのず》から種々の説を唱《とな》えたるものな
前へ 次へ
全9ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石河 幹明 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング