で由藏は、自分の素状を知らない遠い村へ稼ぎに出なければならなくなつた。妻一人を親爺の傍へ置いて行くとき、例のやきもち根性が一寸出たが、それは親爺の年を考へて先づ安心して出たのであつた。けれど歸つて來て見るとやつぱり由藏のやきもち[#「やきもち」に傍点]通りになつていたのである。
「この親爺、どうしても他人だ、さうでなくつてこんな畜生のやうなことが出來るか」と由藏は思つた。たとへ嚊に死なれても村に棲めば棲まはれたものを、わざわざこんな乞食小家の中へ一緒になりに來た親爺の魂膽がそこにあつたのだと思ふと、もう由藏は親爺を外の霜の上に引き摺り出すぐらゐでは我慢が出來なくなつた。もつとしつこい酷い責め方をしなければ氣が濟まなかつた。そしてそれは由藏の心にある非常な冷静さを与へたのである。
由藏は親爺をどんな目に逢はしてやらうかと爪を研いでゐるやうな氣持ちでぢりぢりとその機会を待つた。しかしそのいゝ機会が來ないうちに親爺は病氣になつてしまつた。梅雨がしとしと降る時分だつた。
「こん度はたすかるめえよ」と親爺はしめつぽい藁布團の中でうめいた。
「ざまア見やがれ」
由藏はさう口の中で言つて、いゝ氣
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