團の中の親爺を霜柱の立つてゐる庭へ引き摺り出さうかと思つた。けれど由藏の極度の怒りは彼の身体の自由を縛つてしまつた。彼は土間の眞中に突つ立つたまゝぢりぢりしてゐた。
 やがて由藏の胸には、氷のやうな汗が滲み出たやうに思はれる冷たいものが湧いて來た。その冷たいものは、親爺を人間ではないいやな動物かなんぞのやうに彼に思はせた。そこには、叩きつけても踏みにじつてもまだぐりぐり動いてゐる蛭を見てゐるやうな憎しみがあつた。
 この時から由藏は、親爺の方で死なゝければ俺が死なしてやると思ふやうになつた。
 由藏は十三の秋に始めていまの親爺の顏を見たのであつた。それまで彼は、霞ヶ浦の船頭をしてゐた祖父に育てられてゐた。祖父が死んだときその屍を引き取りに來たのがいまの親爺であつた。親爺は彼を村の家へ連れて行くと、神棚の隅から纜縷布にくるんだものを取り出して来て彼の前に展げた。中には乾からびた猫の糞のやうなものがあつた。
「これがわれ[#「われ」に傍点]の臍緒《へそな》だよ」と親爺は言つて、自分が眞実の親だといふことを証明しやうとした。そのとき由藏は子供心に可笑しくなつた。また腹も立つた。そしてこんな親
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