打ち了せなかつた。
 さうして由藏夫婦は村を追ひ出された。
 由藏は村から一里程離れた原の中に、茅と笹で圍んだ堀立小屋を作つた。中の半分は土間にし、半分は藁屑を敷きその上に藁むしろを延べて寢どこを作つた。土間には四角な爐を切つて土で出來たやうな茶釜をかけた。
 由藏はおさわと一緒に原の荒地を開墾した。そして麥や小麥を作つた。冬は薪をとつて近くの町へ賣りに行つた。
 村の畑ではよく大根や葱や芋がなくなつた。村の人はそれはみな由藏がしたことだと極めた。けれどそれを責めにわざわざ一里の道を由藏の家まで來る者もなかつた。由藏自身はもちろん、おさわのことも決して村へは出さなかつた。それは村の人から泥棒と呼ばれない為めばかりではなかつた。
 二人の樣子は段々と野に棲むけものに似て來た。
「開墾畑の夫婦貉」と村の人は呼んだ。
 それから三年目の秋、村にゐた親爺は妻に死なれたのであつた。親爺は家を人に賣つて開墾畑の家へ一緒になつた。由藏は親爺と一緒に暮すことは不愉快でたまらなかつたが、家を賣つた金を欲しさに親爺を引き取つた。
 由藏は親爺の金を盜んでは酒と煙草を買つた。親爺の金は直きになくなつた。そこで由藏は、自分の素状を知らない遠い村へ稼ぎに出なければならなくなつた。妻一人を親爺の傍へ置いて行くとき、例のやきもち根性が一寸出たが、それは親爺の年を考へて先づ安心して出たのであつた。けれど歸つて來て見るとやつぱり由藏のやきもち[#「やきもち」に傍点]通りになつていたのである。
「この親爺、どうしても他人だ、さうでなくつてこんな畜生のやうなことが出來るか」と由藏は思つた。たとへ嚊に死なれても村に棲めば棲まはれたものを、わざわざこんな乞食小家の中へ一緒になりに來た親爺の魂膽がそこにあつたのだと思ふと、もう由藏は親爺を外の霜の上に引き摺り出すぐらゐでは我慢が出來なくなつた。もつとしつこい酷い責め方をしなければ氣が濟まなかつた。そしてそれは由藏の心にある非常な冷静さを与へたのである。
 由藏は親爺をどんな目に逢はしてやらうかと爪を研いでゐるやうな氣持ちでぢりぢりとその機会を待つた。しかしそのいゝ機会が來ないうちに親爺は病氣になつてしまつた。梅雨がしとしと降る時分だつた。
「こん度はたすかるめえよ」と親爺はしめつぽい藁布團の中でうめいた。
「ざまア見やがれ」
 由藏はさう口の中で言つて、いゝ氣
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