に怯えてしまつた。
やがて親爺は二度ほどがくがくと下顎を動かすと呼吸を止めた。おさわは由藏の顏をぢつと見てからまた親爺の顏に見入つた。
由藏の全身には針のやうな逆毛がざらざらに立つたやうな氣がした。それは由藏の身体を全く硬張らしてしまつた。彼は眼球が飛び出したのかと思はれるやうに、兩眼をギロリと開いて、家の隅の暗い所を見詰めてゐた。
由藏はボロ布を入れて置いた箱を毀してそれで棺を作つた。彼は、その夜のうちに親爺の屍を土に埋めてしまはないと、親爺が言つた通り死に神がとりついて來て自分を殺すやうな氣がして來たからであつた。ひとつは自分が手にかけて親爺を殺したやうに感じられて來たので、その罪を一刻も早く土の中に隱さねばならないやうに思はれて來たからであつた。
立棺を作つて屍を入れた。と、頭の半分がはみ出した。彼は荒繩を屍の膝の下から項へ掛けてぎゆつとしめた。それから顏を下に頭の後部を蓋で押しつけて釘を打ちつけた。打ちつけてゐるうちに古い板はバリツと割れた。親爺の白髮のうなじが現はれてぶるると顫へた。
「おさわ、この頭をおさへてゐねえか」と由藏は怒声で言つて、傍につつ立つてゐるおさわの脛を蹴つた。
太い荒繩で棺を背負つて外へ出たときはもう夜中であつた。黒雲は空の七分を蔽つてゐた。雷光が閃めく度に四邊が青く光つた。生ぬるい風が道端の草をざわつかせた。彼は村の蘭※[#「てへん+茶」、71−11]場へ持つて行くつもりであつた。
二丁程行つて彼は棺を埋める穴を掘る為めの萬能を忘れて來たことに氣づいた。引き返して萬能を取ると、
「おさわ、貴樣もついて來い」と言つた。
おさわはむしろの上にべたんと坐つたまゝ阿呆のやうに開いた口を動かしもしなかつた。
道の半分程まで來たとき、頭の天辺でだしぬけに雷が鳴つた。「うヽヽヽヽ」といふ音が雲の上をごろごろ轉げ※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つてから、東の方へ「ヅーン」と消えて行つた。由藏はもう少しで尻餅をつくところを辛うじてその場に立ちすくんだ。四邊の闇がぐるぐると渦を卷き始めたやうな氣がして來た。
汗が襟首から胸へたくたく流れた。由藏は眼が見えなくなつたのぢやないかと思つた。彼はめくら滅法に歩いた。けれど道は決して間違ひやしないといふ自信はあつた。肩の棺はます/\重くなつて來たが、道端に棺を下して休まうなどゝは思ひも
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