五階で仕事をしているのは彼の外に二人の仲間だけだ。その二人は五階の向う側をやっている。彼の咽喉が俗謡を唱う。「巴里アパッシュの唄」が、百貨店装飾工の仕事行進曲になっても別に差支えはない筈だ。
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暗い冷めたい下水道
濡れて育ったアパッシュは………
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 彼は仕事の手を止めた。
「はてな? 俺の気のせいかな?………確かにあの扉が動いたように思ったがね」生憎と扉の周囲は照明不足だった「だが、そんな筈はないだろう。今頃あの中に人が居るなんて!………ブルルッ! 万引女の幽霊かな。何しろむやみと扉を動かされちゃあ困るね。立てかけといた丸太がブッ倒れらア」
 扉の方を気にし乍ら――
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光りを閉ざす地の底の
闇に生れたならず者………
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「あッ、いけないや!………誰かあすこに居るんだ!」
 彼は口に出して叫ぶ。装飾材料の二本杉丸太が扉の前に立てかけてある。扉が押されれば倒れようとする位置にある。二本共に斜めに倒れる方向は正しく彼の方を指示している!………
「ちょ、ちょっと待てっ!………待ってくれ!……あっ!」
 間
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