扉を四五寸開けかけて、彼は彼自身の眼と耳に疑惑を持った。敢えて「家具部倉庫の扉だから」と云うわけではない。然し此の扉は実際素張らしい出来だ。ピッタリ閉めると完全に外部の音響を遮断する! ところで彼が扉を開けた刹那に売場の方から男声《テノール》が飛込んで来たのである――
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花の巴里《パリー》のどん底の
闇に咲いたる血の華は
罪と罰との泥水の
中に生れた悪の華………
[#ここで字下げ終わり]
それと同時に扉の間隙から、彼は意想外な光景を目撃した。彼の観念の裡《うち》に、暗黒と沈黙とから形造られていたビルディングには、どうやらあちらこちらに燈光が輝やいているらしいではないか! そして彼の視線の尖端には幾つかの小さな人影が立ち働いている! 畜生、何んということなんだ?
分って見れば何事もなかったが、此の刹那に彼を襲った驚愕の激しさ! はっと胸を搏《う》って来るものの強さ! これは凶事の恐るべき予感だったのであろうか………
「ああ、成程。今日は九月の三十日だった………」
此の百貨店では二ヶ月毎に装飾部主任が外部の装飾業者に請負わせて、全店の装飾面貌に革命を企てる。
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