とで無いことを諒解させることにつとめる。
第二は、今晩中を甘んじて此の倉庫内に過し、翌朝店員達が出勤し来る頃を見計らって、そしらぬ風を装おって出るのである。毎朝倉庫の扉を開放するのも彼の役目だったから万々疑ぐられることはない――此の方法に依れば、全然勤務成績に影響を及ぼすことがない――
「だが、宿直員の店内巡回と云うやつがあるぞ」
然し、これは極わめて形式的に行なわれる。彼らは一階から出発して五階へ来るまでには充分に疲れている。ただ扉を開けて提灯《カンテラ》をふり廻すだけだ。その場合、彼は倉庫の隅の大きなソファの上で――決して下へかくれる必要はない――二分乃至三分間、静粛にしていればいい………
――彼はガラス窓を透して夜を知らぬ地上の繁栄を眺めやった。八時半に近い。人の出盛りだ! 彼の胸には急に人恋しさ、灯の街恋しさの念が湧き上って来た。馬鹿らしいロマンチシズムだ! そして彼はまだ夜食を摂っていない。非常な空腹を覚えて来た。笑えない生理的欲求だ!
「よし、逃げ出すと決めた!」彼は錠を外ずして扉を開けた。「勤務成績なんか糞喰らえだ。一杯の珈琲《コーヒー》のためには……おや何んだ?」
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