で――正確に云えば、S百貨店五階、洋家具売場附属倉庫内で、睡眠を摂っていたのだった。やがて闇をみつめる彼の眼前に、彼の犯した勤務上の失態が大写《クローズアップ》された――
 仕入部の柱時計が長短針を直線につなぐ。午後六時の執務終了の第一|電鈴《ベル》が百貨店全体にジリリーッ! と響き渡る。彼は鍵を掴んで事務所を飛び出す。洋家具部倉庫の扉締りに行く。これが彼の日課の最後の部分だ。然《しか》し、その余白にもう一つの日課を書入れることが出来る。何故なら、六時の第一|電鈴《ベル》から第二の電鈴までの三十分間は、彼のみに与えられた自由休憩時間――人間的な時間だ! 倉庫の中で記帳執務に疲れた手足をううんと伸す。機械から人間への還元だ。その証明として睡眠を摂ることもある。機械は眠らない。――その日に限って、彼は睡眠時間の限度を超過してしまったのである。
 巨大なガラス窓が、倉庫の闇の中へ微量の光線を供給している。彼はその前へ立って眼下六十呎の世界を俯瞰《ふかん》した。此の都会に於ける最も繁華な商店街の、眩耀的な夜景がくり展げられている。だがその夢ましい展望に、詩人的な感慨を娯《たの》しんでいられる彼
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