ちの知っていることは、何の価値も無いということだ。それらは単に事件の外観、概要、表面に過ぎないんだ。真相は彼らの外《そと》にある。如何《いか》にして此の事件が起り、如何にして彼らの知らない結末に終ったか? たった二人だけがそれを語る資格がある。一人はあの晩即死してしまった装飾工で、一人はかく云う僕なんだ………」
 と、最近ふとしたことで私と知り合いになった男――前S百貨店洋家具仕入部員と自称する男――が話し始めた。同一平面上にある二つの直線は、之を充分に延長させれば必らず相交わるか平行するかの二例を生じる。後の例は吾々をすくなからず憂鬱にさせ、前の例は吾々に歓喜を与えるが、時には激しい恐怖をもたらす。この一篇の殺人物語は、二つの直線の盲目的な行進に就いて、恐怖を起させる場合であるらしい。

        2

 彼は闇の中で瞬《また》たきをした。睡魔―敢えて此の場合「睡魔」と云う―が彼を見捨てようとして、足で彼の肩を蹴ったのだ。
「あっ……こいつはひどいぞ!」
 彼は、カラをつけ、襟飾《ネクタイ》を結び、背広を着たままで、地上六十|呎《フィート》、寂寞とした無人の大ビルディングの一角
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