で――正確に云えば、S百貨店五階、洋家具売場附属倉庫内で、睡眠を摂っていたのだった。やがて闇をみつめる彼の眼前に、彼の犯した勤務上の失態が大写《クローズアップ》された――
 仕入部の柱時計が長短針を直線につなぐ。午後六時の執務終了の第一|電鈴《ベル》が百貨店全体にジリリーッ! と響き渡る。彼は鍵を掴んで事務所を飛び出す。洋家具部倉庫の扉締りに行く。これが彼の日課の最後の部分だ。然《しか》し、その余白にもう一つの日課を書入れることが出来る。何故なら、六時の第一|電鈴《ベル》から第二の電鈴までの三十分間は、彼のみに与えられた自由休憩時間――人間的な時間だ! 倉庫の中で記帳執務に疲れた手足をううんと伸す。機械から人間への還元だ。その証明として睡眠を摂ることもある。機械は眠らない。――その日に限って、彼は睡眠時間の限度を超過してしまったのである。
 巨大なガラス窓が、倉庫の闇の中へ微量の光線を供給している。彼はその前へ立って眼下六十呎の世界を俯瞰《ふかん》した。此の都会に於ける最も繁華な商店街の、眩耀的な夜景がくり展げられている。だがその夢ましい展望に、詩人的な感慨を娯《たの》しんでいられる彼ではない。マッチを摺って腕時計にかざす。七時十二分。
「何アんだ。まだ早いぜ! 三時間も寝たかと思った」
 此の長方形の倉庫の一方は、ガラス窓で外界に接触し、一方は扉で売場との間を遮断している。彼は扉の方へ進んだ。
「おっと待ったり! 駄目だ! 一階の宿直室へ出る迄には途中に合計三枚の扉が邪魔をしている。その鍵を僕は持っていないと来た………」
 こうして倉庫脱出は断念せざるを得なかった。ポケットの手先が冷めたい鍵の触感におびえる。彼はそれを取り出して、扉の鍵孔《キイホール》へ突込んで見る。鍵は「廻れ右」をする。扉に錠が下りたのだ。
「さて、僕はどうしたらいいんだい?」
 一時間を費してその問題を研究した。彼の前に二つの方法が横たわっている――第一は即刻此処を出ることだ。困難な仕事は暗黒のビルディングの中を、手探りで三階商品券売場まで泳ぎつくことだ。宿直室への直通電話がそこの壁に彼を待っている。釦《ボタン》を押して電波を呼び醒ます。宿直員は途中三枚の扉を開けて呉れる。それから彼は宿直主任の前へ直立して、午後六時以後に起った肉体上精神上の経過を陳述し、決して商品窃取の目的を以って行動したこ
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