すら卓上の罌粟《けし》の脣《くちびる》を見詰めて居《ゐ》る。

(かの黒い幻想の帆前《ほまへ》は力なく黙《もだ》したのに――。)
秋の日曜日の雑沓《ざつたふ》を恐るる象、
その如く濁つた瞳、瞳の中の青い花は、
日本《につぽん》の――厭《あ》いた、労《つか》れた
昼の三味《しやみ》、女の島田、音《ね》も低い曲節《めろぢい》から、
ああ、せめては中に雑《まじ》る合惚《かつぽれ》の進行曲《まるしゆ》から、
『空にまつ赤な雲の色、玻璃《はり》にまつ赤な酒の色』から、
河に面した厨《くりや》の葉牡丹《はぼたん》の腋臭《わきが》から、
日を受けたタンク蒸気の引いてゆく Cadence《かだんす》 から、
はた其《その》かげの痛ましい※[#「木+査」、第3水準1−85−84]古聿《シヨコラア》の
とぎれとぎれの Strauss《しゆとらうす》、Gauguin《ごうぎやん》 の曲調の
うち絶えつ、またも響く柔《やはらか》い薫《かをり》のうちから、
氏の厚い紫の脣は苺《いちご》の紅い霊魂を求めて居る。
瞳の青い羅曼底《ろまんちつく》は忘れた故郷《ふるさと》の香《か》を捜して居る。
日が暮れるまで……


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