を買い求め、下宿に帰つて、鏡におのが姿を写し、顔をしかめて画像のモデルとした。履があまり大きに過ぎたのを除いては自分の気にもかなふものであつた。後年ずゐぶん久しぶりで、杏奴夫人の令先堂を其臨終に近い臥床に奉問した。其枕頭には魔除けの為めに曩日の鍾馗の画像が立てかけられてあり、わたくしは二十幾年ぶりかに、ゆくりなくも此分身に邂逅したことがあつた。

 幼少の頃、郷家では呉服太物の商売をしてゐた。時々東京の店から仕入物の大きな荷物が到着した。わたくしには子供ながら、中形の模様の好悪、唐桟の縞の意気無意気を品評することが出来た。殊にフラネル、綿フラネルの、当時なほイギリス風の趣味を伝へた縞柄には、今の言葉でいふと、異国情緒を感じたものであつた。また虹のいろの如く原色を染めまぜた毛糸の束《たば》は不思議な印象を与えたものである。後にパリでオツトマンがかかる色彩諧調によつて幾多の絵を作つてゐるのを看た。昔流行つた無地の面子《めんこ》の淡紫、淡紅の色、また古渡りの器皿の青貝の螺鈿の輝き、その惹起する感情は孰れも相似てゐるが、わたくしは其齎らす情緒の成因を分析する術を知らない。
 大学生の頃は、ドイ
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