》い苦労をしておぢやつた。それ、お前も存じよりの黒谷の加門様の妹娘のことぢやが、あの娘が気がふれてな。
千代 はれ、まあ。
菊枝 ぎざぎざ針を植ゑたる金具もて、われとわが胸を十字に掻《か》い傷つけ……
千代 はれ、まあ。
菊枝 その揚句には親達も、男子《おとな》、女子《をなご》も見さかい無う切り付くるのぢや……
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    *     *     *     *
二人の女の会話のうちに、常丸、母の傍より離れて南蛮寺の門に近づき、つくづくと内を覗う。やがて小さき常丸の声にて、
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常丸 ほんまかえ。ほんまかえ。ほんまに嘘ではあらないと云ふのぢやな。……何ぢや。もつと、もつと、もつと面白い所ぢやてや。いやいや夫《そ》れは嘘ぢやらうわ。私《わし》が今日見た地獄の機関《からくり》より、もつと面白いものは唐《から》天竺にも決しておぢやらぬわ。……何、秋でも冬でも牡丹の花が咲いておぢやるてや。え。われら父上も、……あの可愛《かは》いい妹も生きておぢやるてや。……ま白い象も棲んでおぢやるてや。嘘ぢや。……何、ほん
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