奴《あぶらうりめ》。そこ退《の》きやれ。――や、や、如何にも此処に細い隙間があるわ。やれ、やれ、某《それがし》も一つ覗いて呉れむず。
白萩 見えたかいなあ。何ぞ見えたかいなあ。
うかれ男 善う見える。善う見える。はれ、偽《いつはり》の底が善う見える。
白萩 ほんまに何が見えるぞいなあ。
うかれ男 南蛮寺の台所が善う見えるわい。聞きや。はれ。や、何とも云へぬ名香《みやうがう》のかをり、身も心も消ゆるやうぢや。四方には華の瓔珞《やうらく》、金銀、錦の幡天蓋《はたてんがい》、※[#「王+(「毒」のあしが「母」)」、第3水準1−88−16]瑁《たいまい》の障子、水晶の簾《みす》。まつたそが中の御厨子《みづし》の本尊、妖娟《たをやか》なる天女の姿、匂ひやかなる雪の肌、消《け》たば消ちなむ目見《まみ》の霞……造りも造りたる偽の御堂よな。(門扉の隙より目を離し、唄ふがごとき調子にて)さて、偽りとは知りながら悟られぬのがそれ何やらの道。喃《なう》[#ルビの「なう」は底本では「のう」]、白萩小女郎、昔の人は秀句《しうく》吐《は》くな。
白萩 あれまたいやらしい戯《たはむ》れごと。
うかれ男 何で某《それ
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