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老いたる男 は。やれ、やれ。内なる門を鎖す男よ。やよ、男よ。その扉《と》は今|少時《しばし》がほど明けて置かれよ。やよ。少時が程ぢや。(怒りて。)はれ。内に人が入りておぢやるといふにな。(門全く閉さる。内より女の声聞こゆ。)
女の声 あれ、あれ、あれ、あれえ。
老いたる男 (両手もて門の扉を押し試みつつ。)誰ぢや。門番の男よ。扉を開けよといふに。え。開けぬ積りか。何。開けぬ。いや、いや、屹度《きつと》開けぬ積りぢやな。好し、それなら此方《こなた》にもする術があるぞよ。――(菊枝に。)やいの、女子よ。そなたは少時《しばらく》此処に待つておぢやれ。――何、此方にもする術があるぢやまで。――俺《おら》は直《ぢ》きこの附近《あたり》に住まふものぢや。われら家に往《い》て持つて来るものがおぢやるわ。少時《しばし》がほどここに待たれよ。
菊枝 妾《わらは》一人が此処にかえ?
老いたる男 何、一人にてはいやぢやと申すか。
菊枝 さにてもおりないが、……妾は恐やの。
老いたる男 何のこと。何のこと。あれ向ひから男子《おとな》が大勢来るわい。そんならほんの暫《しばし》がほどぢや。(去)
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