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行人二三下手より登場。
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菊枝 まをし、まをし、そこな方々よ。今此処に恐しい事が起り候よ。
第一の人 何ぢや、恐ろしい事とは。
菊枝 あの、南蛮寺が人を拉うておぢやつたのぢや。
第二の人 何。南蛮寺が人を拉つておぢやつたと言やるか。やれ、夫《それ》は真《まこと》か。誓文《せいもん》か。
菊枝 何で妾がこの年齢《とし》して、益《やく》ない嘘をつきませうや。
第一の人 して何処《いづく》の誰が拉はれたのぢや。
菊枝 妾の知辺《しるべ》ぢや。お千代|母子《おやこ》がさらはれておぢやつたのぢや。
第二の人 やあれ、やあれ、恐ろしい事ぢや。むかしまつかう[#「むかしまつかう」に傍点]南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
第一の人 あれ見よ。最早《もはや》空に星が出そめたさうな。
第二の人 急ぎまゐらうよ。(行人行きすぎむとす)
菊枝 まをし、まをし、方々よ。今妾の連《つれ》が来るほどに、いま少時《しばらく》此処に止まり候へ。妾一人にては物おそろしや。こはや。
行人等 我等も急ぎの用事がおぢやるわ。
菊枝 さて
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