早う行て子を捜しておぢやれ。子等は法会《ほふゑ》の唄にな、聞き惚《と》れておぢやるやろ。
千代 ほんまに怪《けし》うはないお寺か。
老いたる男 なかなか、なかなか。
千代 さらばあの中に天狗のやうな人食人《ひとくひびと》がおぢやるといふは、ありやほんまに虚事《そらごと》でおぢやるかいな。
老いたる男 何の、その様《やう》な事がおぢやるものか。諄《くど》い女子ぢや。な。この世の中に天狗、人食人などはおぢやらぬわい。ありや、南蛮の坊主共ぢや。日もはや暮れる。早う行ておぢやれ。(千代門内に入る。)
老いたる男 やいの、知らぬ女子よ。早う目を覚《さま》しや。いやさ、正気に帰りおれと申すにな。やれ、女子よ。(女の背を打つ。)
菊枝 あ、あ、あ、あれ、あれ。まだ大きな蛇体《じやたい》が。蛇体が……
老いたる男 愚な女子ぢや。早う正気に帰られい。な。女子よ。邪心を以て見るが故に、藁を綯《な》うて造りたる縄も蛇体と見えるのぢや。
菊枝 それぢやと云うて……今の蛇体は?……
[#ここから3字下げ]
この間に、南蛮寺の門扉内より音もなく自から閉まる。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り
前へ 次へ
全44ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
木下 杢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング