《めとり》でもおぢやつたかいのう。
千代 人さらひぢや。人さらひぢや。
老いたる男 何。人さらひとは近頃面妖なことぢや。何処《どこ》から来て、何《ど》の方角に隠れて行《い》たかの。
千代 (泣き乍《なが》ら)何処からも来ぬ。何処へも行かぬ。
老いたる男 其方《そなた》は泣いて許《ばか》りおぢやつては、しやほに分らぬわ。
千代 (大声にて。)あの南蛮寺が拉つたのぢや。
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菊枝戻り来る。
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菊枝 何ぢや。何ぢや。何ぢや。
千代 南蛮寺がわれら常丸を拉つておぢやつた。
菊枝 はれ!(気絶す。)
老いたる男 (独白)あれ、あれ、また一つ事が殖えた。女子《をなご》といふものは理が分らいで困るものぢや。――(菊枝に。)やいの、女子よ。南蛮寺が人を拉らふわけはしやほにおぢやらぬ。――(千代に。)俺《おら》はな、この女子を介抱しておぢやるさかいに、其方は早やう行て、寺の内に其方が子を捜して来《き》やれ。何も不思議があるものか。不思議は皆心から湧《わ》くものぢや。疑心暗鬼ぢや。何も恐ろしい事はおぢやらぬさかいに、
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