《さき》にゆく菊枝どのいのう。菊枝どのいのう……はれ、聞えぬげな。(躓《つまづ》くが如く、二足三足下手の方に歩みよりて。)おおい、おおい。菊枝殿いのう。(右手を挙げて麾《さしまね》く。)あ、やうやう聞こえたさうな。やれ、うれしや。喃《なう》、喃、菊枝どのいのう。早う、早う、菊枝どのいのう。
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此時老いたる男下手より来りてこの様を怪しむ貌。
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老いたる男 やいの。其方《そなた》はけたたましう何を呼ばうのぢや。(額に手を翳《かざ》して、下手の方を眺めやり、また此方《こなた》を向きて。)何が起つたのぢや。
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千代 われら、われら……われら常丸が拉《さら》はれておぢやつた。
老いたる男 何ぢや。何が拉はれたてや。
千代 われら常丸ぢや。われら小さい男《を》の子ぢや。
老いたる男 はて、さて、今時この都に鷲の鳥はおぢやるまいと思うたが。
千代 いや鷲の鳥ではおぢやらぬ。鷲の鳥ではおぢやらぬ。
老いたる男 鷲の鳥でおぢやらぬなら手長猿かいのう。
千代 いやいやそれでもおぢやらぬ。
老いたる男 さらばお山の女取
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