の臺所のやうな所である。然しそれはまた學校の小使部屋であつて、東京の中學校の片盲の小使が居た。卓の上には堆《うづたか》く積んだ紙があつて、それは皆試驗の答案である。その中には極めて細かく、桝形に書いた數字がある。それは算術の答案である。ああ、他の人はみんなこんなに正確な答案を書いて居ると思つていやな氣がした。同じやうな答案紙に繪の書いたのがある。石膏像を寫生したやうなものである。ああ、他の人はみんなこんなに上手に畫いてゐると思つてまたいやな氣がした。
 景は更に急轉した。何處だか分らないが、そこに役場の門前に在るやうな掲示板があつて、それに人の名が書いてある。その中に中澤彌三郎といふ名があつた。ああ、あの人は及第だと思つた。すると中澤君が來て如何にも親しげに笑ひかけた。その笑ひ顏を見るといやな氣がした。その他にもいろいろの名があつたが、自分の名はあつたかどうだか分らない。ところがそのうち一つの殊に印象の深い名があつた。それは「鹿田功」といふ名である。彼ははつとした。鹿田がここに居るに相違ないといふ氣がしたからである。彼は見付からぬ先に逃げようと思つた。そしてそつと裏口の方へ※[#「※」
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